25年くらい前、大学生になったばかりの頃、
学生寮の部屋で、何気につけていたラジオから耳に届いた。
ジャジャッ ジャ
悲しみのー果てーにー
ジャジャッ ジャ
何があるーかなーんーてー
ジャジャッ ジャ
俺は知ーらなーい
ジャーン
見ーたこーともーないー
何かしていた手を止め、耳を澄まし、聞き入ってしまった。
他の歌手とは何かが違うカッコよさ
それ以来、大学生時代、エレカシの歌がいつもあった。アルバムでいえば、
「ココロに花を」
「明日に向かって走れ-月夜の歌-」
「愛と夢」
「good morning」
「ライフ」
の頃である。
しかしその後、社会人になってしばらくの間、数年、エレカシの新しいCDを買わなくなった。CDショップでアルバム「俺の道」「DEAD OR AlIVE」の曲名を見たとき、
勉強オレ、俺の中の宇宙、ロック屋、未来の生命体
という???な言葉が並んでいて、なんか違うな、と聴きもせずに思ってしまったのだ。おそらく聴いていたとしても当時の自分にはこの良さがわからなかっただろう。この程度のファンであった。
昔のアルバムはこの当時もよく聴いていたのだが。
そして月日が流れ、自分の人生も大きく変わっていった。システムエンジニアを辞め、東京から地元の福岡に帰り、レストランの厨房で見習いとして働き始めた。結婚し、子どもが生まれ、離島に引っ越し、家作りを始めた。
今思い返すと、離島に行くとき、福岡から鹿児島へ向かう車の中で「さよならパーティー」をしきりに歌っていたので、
「STARTING OVER」
は買って聴いていたのだろう。しかし、
「DEAD OR AlIVE」
「俺の道」
「扉」
「風」
「町を見下ろす丘」
は、いまだ聴いていなかった。
どういう心境の変化か、間を埋めたくなったのか、この時期のエレカシのまだ名も知らない歌をエンドレスでかけ、BGMにして毎日家づくりをしていた。
木の根を抜き、草を刈りはらい燃やし、丸ノコで材木を切り、ほぞを掘り、棟上げしながら、
「俺の道」「季節外れの男」「ラストゲーム」「俺の中の宇宙」「パワー・イン・ザ・ワールド」「達者であれよ」「友達がいるのさ」「すまねえ魂」「シグナル」「今をかきならせ」……
挙げればきりがない名曲の中の宮本浩次の言葉が耳に届いた。突き刺さっていった。手を止め、歌詞を読み、何度も何度も聴いた。
その後、この島でスイーツを売り始めたが、厨房で作っているとき、島中をぐるぐる配達しているときも、いつもエレカシの歌があった。
そこから、初期のエレカシのアルバムも恐る恐るさかのぼって聴いていった次第である。
以来、ほとんどエレカシ以外を聴いていない。
あまり他の歌手を知らないが、宮本浩次だけ他の人と違うことを歌っている気がする。
違うことを歌っているにもかかわらず、歌い続け、今では世代を超えて多くの人に言葉が届き、売れ続けている。
この【エレカシ感想文】では、作品を聴いた率直な感想を自由に書いてゆきたい。背景知識も何もない。曲と詩だけから感じた個人的な感想を書いてゆきたい。単なる妄想、深読みになっている可能性もあるが、それは仕方のないことである。
感想文を書くにあたって、宮本浩次のことを敬意を込めて呼びたいが、何と呼べばよいのか悩んだ。「宮本さん」「ミヤジ」と呼ぶのはおかしいので、宮本浩次と呼ぶことにした。太宰治「走れメロス」の感想文を書くのに「太宰さん」「オサム」と呼ばないのと同じ理由である。