切ない歌だ。切なすぎる。
本当に好きだった彼女を失ってしまった男がひとり町を歩いている。
もう用事などないのに、寂しくて、人恋しくて、男は賑やかな町に出かけてしまう。
必要もないのに着飾って出かけてしまう。よせばいいのに彼女と昔行った場所を訪ねてしまう。ひとり歩きながら、男は彼女との瑞々しく美しい日々を思い出してしまう。でも、隣にいるはずの彼女はもういない。町の中にあるのは彼女の面影だけだった。
なんでこんなに切ないのだろう?
静かに始まりだんだんと盛り上がっていく曲調(専門用語がわからないが)、素朴で誠実な詩、所々に混じるハスキーな声… 表現すべて。
おそらく、これがフィクションではなく、自らの体験を赤裸々に歌っているから、このような表現になり、こんなに切なさが聴き手に伝わるのだろう。
特に、明るい町の風景と男の暗い心とのコントラストが切なさを助長する。
「輝く季節」、「賑やかな通り」、「ざわめく通り」、「春めいて」
といった表現の、明るく陽気でにぎやかな町の景色と、深い悲しみに打ちひしがれた暗い男の心とが、ものすごく対照的に描かれている。男はもはやこの町の風景の中に溶け込んでいない。男は現実の町ではなく、過去の町を歩き、彼女の面影を探し、見ている。幻影を見ている。
そして、二人の美しい過去の日々の瑞々しい表現が、これらもまた、孤独で空虚な男の今と強烈なコントラストになっていて、切ない。
「二人だけが輝いていた」
「揺れるように、囁くように」
「二人だけが感じていた」
「風が二人を包んでいた」
「重ねた指もぬれたまぶたも」
「悲しそうな笑い顔も」
「二人だけを包んでいた」…
***
壁にもたれた君の顔を
窓に映る部屋の中 別れの気配 二人だけが感じていた 遠い面影
男は一人町を歩いている。彼女と別れる少し前のことを思い出している。2人の部屋。
壁にもたれている彼女を男はまっすぐ見ることができない。窓に映っている彼女を見ている。もう戻れないところまで来ていることを二人はわかっていた。今は別れてから随分時間がたっており、遠い昔の記憶である。
雨の夜も 町の夢も
二人だけが輝いてた 揺れるように 囁くように 君の顔に映し出す
今、男は歩きながら、彼女の顔を思い出す。そして二人歩いた雨の夜のこと、歩きながら語った二人の夢のことなど様々な場面を次々に思い出している。世界で一番幸せだった二人。
着飾って町へ行く
輝く季節に 君はもはやいない
今、一人で着飾って町を歩いている。
町はこんなに輝いて美しい季節なのに
もう君はいない
夢に見たのさ 橋の向こうで
寂しそうに君が笑う お面のような顔で おれは さようならだけ耳に響いた
歩きながら(別れた後に)いつかこんな夢を見たことを思い出す。
「お面のような顔」何という表現力。ただの無表情ではなく、今起こっていることを、彼女のさよならを、受け入れることができず、完全に固まってしまってしまった表情。時までが止まっているように感じる。映画のワンシーンのよう。
遠い夏も ざわめく木々も
二人だけが感じていた 揺れるように 囁くように 風がふたりを包んでいた
街はもう春めいて
賑やかな通りに 君の面影だけ重ねた指も ぬれたまぶたも 寂しそうな笑い顔も 二人だけが輝いてた 二人だけを包んでた
街はもう春めいて ざわめく通りに 君の面影だけ
着飾って街へ行く 輝く季節に 君はもはやいない
街を一人で歩いていた 君の姿を重ねながら
※引用箇所はすべて、「君の面影だけ」作詞・作曲 宮本浩次