仕事帰りの電車のドア付近でぼーっと窓の外を眺めていると月がひとつ。
電車通勤しているサラリーマンなら誰しもこんな経験があるのではないだろうか。
私も20代後半、東京で京浜東北線にゆられ窓の外の月を見ていた。
帰りの電車から
見上げる月を見て
私はエレファントカシマシの「恋人よ」という歌の最後に出てくるこのフレーズに心を掴まれてしまった。
このフレーズは歌全体の場面設定である。つまり、宮本浩次は電車のドア付近に立ち、ぼーっと窓の外を眺めている。月がひとつ輝いている。別れた彼女のことを考えている…。
怠けてるふりで 知らぬ顔
男達は今日も笑うのさ
卑屈なる魂 すり減らし
男達の叫ぶ声がした
電車の中や時折開くドアの向こうの駅のホームでは、せわしない世間の「男達」の姿。風景としてぼんやりと目に入る。世間に揉まれて無様にもがいている「男達」の姿。自分もまたこの「男達」の一人だとぼんやり考えている。でも頭の中を占めているのは、別れた彼女のことである。
今宵の月は
やさしさにあふれて見えたか
あの人へ 虚ろな笑顔投げかけた
いつかのように 笑ってくれと
月のやさしい光が彼女のことを思い出させる。
まだ別れる前の、もう心が離れてしまって手遅れの二人を思い出している。どうしてよいかわからぬ男と笑ってもくれない女。
僕らは行くよ どんな悲しくても
この胸に抱く いつかのあの夢を
こころに秘めて
気取って歩き出せ
明日の風よ 俺になびけよと
Hey
男というものは、どんなに悲しくても行かなければならない、と自分を奮い立たせる。
優し気な笑顔 まき散らし
女達は 溜息をついた
電車の中や駅のホームには、せわしない世間の「女達」の姿も見える。女たちもまた世間で無様にもがいている。彼女と「女達」を重ね合わせる。いつも優しい笑顔を投げかけてくれていた彼女も「女達」と同じく、疲れ、溜息をついている。
闇夜に光る
星のように輝いた日々
あなたがくれた
やさしさは幻なのか
同じ輝きを 見ていたはずさ
心はまた別れた彼女のことを考えている。輝いていたもう戻らない日々。
ぼくらは行くよ
どんな悲しくても
その腕に抱く いつかのあの夢を
心に秘めて 気取って歩き出せ
未来の夢よ 二人を照らせと
男というものは、どんなに悲しくても行かなければならない、と自分を奮い立たせる。
かつては同じ未来を夢見ていたが、いまでは別々の道を歩んでいる自分と彼女、二人を照らしてくれ、と月に願っている。
僕等は行くよ どんな悲しくても
帰りの電車から
見上げる月を見て
恋人よ あなたを
思って歩くだろう
未来の夢よ われらを照らせと
そして、最後のフレーズである。ここで初めて場面設定、「帰りの電車で月を見上げる男」とこの歌のタイトル「恋人よ」が登場する。この歌の中心だ。このひとつ前のフレーズ「未来の夢よ われらを照らせよ」という歌詞を圧倒的な声量で宮本浩次は歌い、最高潮に盛り上がる。普通の歌ならここで終わってもおかしくないくらいだ。そこから「フーッ」といういつもの狼の吠えるような声に続けてこの最後のフレーズに入る。最高潮のもう一段上の振り絞るような声は聴くものを圧倒する。外国人が聞いてもこの素晴らしさは伝わるに違いない。
男というものは、どんなに悲しくても行かなければならない、と月に誓っている。
あなたのことしか考えていない。あなたのことを想いながら行く。ともに見た未来の夢があなたと私をともに照らし続けてくれることを、照らす月を見ながら、祈っている。
※引用文太字はすべて 「恋人よ」作詞・作曲 宮本浩次