赤き空よ!この空の下俺のすべてがあるさ
第一声、このフレーズに心を掴まれてしまう。「俺のすべてがこの空の下にある」というのは、「この空の下以外には俺の生活はない」ということ。「過去や未来のどこかではなく、『いま』『ここ』にしか俺の生活はない」ということ。「あるさ」という表現に吹っ切れ感、吹っ切れたいという思いが伝わる。美しい過去やありもしない未来に常に囚われているが、「いま」「ここ」にしか俺の生活はないと赤き空を見ながら自分に言い聞かせている。ここじゃないどこかに自分の人生があるような気になることは、誰しもあるんじゃなかろうか?私はいつも囚われている。だから、このつかみのフレーズにぐっときてしまった。
燃ゆる心 振るわせて今振り返らずに前を見るよ
夕陽に一面赤く照らされている空を丘の上にひとり立つ男のシルエット。画が浮かぶようだ。赤き空と共に男の心は燃えている。過去は振り返らない、と言い聞かせている。
照らせムーンライトいつかの思い出町に咲いている花ひとしきり涙を流したら さあ出かけてゆくぜ 暮らす世間へ
でも男はすぐに過去を振り返ってしまう。ムーンライト、いつかの思い出、町に咲いている花、全部別れた彼女のことである。「俺のすべてがあるさ」と覚悟を決めてから何度も彼女のことを思い出しては男はひとり丘の上で涙を流していた。でも、もう充分泣いた。男は行かねばならない。自分の生活に帰らなければならない。
いつも感じてる俺の心には甘く切なく未来があって悲しくもないのに何故だか涙こぼれ落ちる夕暮れさ
彼女と思い描いていた、かなわなかった二人の甘く切ない未来。赤き空を見ているともう悲しいのかどうかさえわからず、自然と涙が出てくる。
燃えろ心あの頃の俺は町にまぎれて消えたされどルールない この空の下今の俺が暮らしているぜLet's go 明日へされどルールない この空の下今の俺が暮らしているぜ
自分を奮い立たせる。過去はもうない。彼女と二人の過去ももうどこかに消えてしまった。あるのは「いま」「ここ」にあるルールなき戦いの世間。男は確かにここで今生きている。明日に向かって力強く歩いて行かねばならない。
いつも夢見てきた俺の歴史には優しく悲しい歌が一緒で歩いてゆくしかないのに立ち尽くす胸を掻きむしる思い出に
俺は歌手で彼女を想う歌をたくさん書いて歌ってきた。歌自体にその思い出が詰まっている。いま、ここで生き、未来に向かってひとり歩いてゆくしかない、それは分かっているのだが、ときに彼女との思い出にとらわれて死ぬほど苦しい。
行き交う車のヘッドライトふと見上げればもう空には星が古くて新しい明日を運んで来たぜ
気づけば、赤き空は夕焼けの赤さが薄れ、夕闇が迫っている。そして星さえ瞬き始めた。こうやって日が暮れ、星がのぼり、夜を迎え、また日がのぼり、毎日が繰り返される。明日は再びやってくる昨日であり今日である。明日がもうやってこようとしている。俺も明日に向かって歩き始めねばなるまい。
赤き空よ! この空の下俺の全てがあるさひとしきり涙を流したら さあ出かけてゆくぜ 暮らす世間へ出かけてゆくぜ 明日の空へ
俺も行かなきゃならない。過去にとらわれてばかりの男だが、俺は出かけてゆく。俺の仕事に戻ろう。俺の生活に帰ろう。
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私は昔、離島でスイーツの移動販売をやっていた。昼間は家の店舗で販売し、夕方になると小学校1年の娘を学校からピックアップして、観光客が集まる有名な滝に車を走らせ日が暮れるまでねばってスイーツを売った。帰る頃には、空が怖いくらいに美しく赤く染まっていた。「赤き空よ!」を聞きながら、歌いながら家路に急いだ。この歌を聞くとこの頃のことを思い出します。
※引用文はすべて 「赤き空よ!」作詞・作曲 宮本浩次